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第10話 王子、城下町へ

作者: フクロウ
last update 最終更新日: 2026-01-27 19:11:41

「それでは出発しよう。くれぐれも、私が王子だと気づかれないようにしてほしい」

「承知しました」

 秘書官以下、数人の近衛兵が口々にそう述べると、市民に扮した王子は、馬ではなく徒歩で王宮の門を出立《しゅったつ》した。王子の隣には街の若者を装った近衛兵の一人と、そして……なぜかフリフリ衣装のフリーダが付いている。友人3人で街を散策している、という設定だが、フリーダの背格好を考えると無理がないか?

 他の近衛兵も各々、怪しまれない程度に何かに扮しているけど……。

「なんだぁ? 不満そうだな? あの紋章士の嬢ちゃんに王子の隣を取られたのが不服なのか?」

 私の背丈よりも遥かに大きい近衛兵長アーダン・ディンブラ殿が、豪快に笑い声を上げる。黒髪で隻眼の戦士だ。右目にはいつぞやの戦いでつけられたらしい切傷が深い跡として残っている。

 前の記憶では、ここでのディンブラ殿の台詞は「父親ほど年の離れた俺と歩くのは不服そうだな」だったはず。

「いえ、別段何も思ってはいません。王子がフリーダが隣にいた方が身分が紛れるとおっしゃったので……」

 でも、本当は王子の横がよかった。楽しそうにフリーダと談笑している王子を見ていると、少し羨《うらや》ましくもあった。

 そんな私の心内を知っているからか、フリーダはちらりと私の方を見ると悪戯そうに笑い、わざと王子に体を近づける。

「マリク王子の甘い香水の香り、素敵ですわ」

 あ、あいつ…!!

「そんな睨みつけるな。王子があんなのに簡単になびくわけがない。けど、アールグレン。本当は王子の隣が良かったのに。王子はなぜ、私を隣に付けてくださらなかったのか……とでも言いたそうな顔をしているが?」

「……ふっ。まさか、そんな。私はただ王子に仕える身、そのようなことは考えたこともありません」

 くっ…恥ずかしい! 前も同じ意地の悪い質問をされたのに、回避できなかった!

 なぜ2度もディンブラ殿に私の気持ちがっ! はっ! まさかっ!

「ディンブラ殿」

「ん? なんだ?」

「ディンブラ殿は、確か〈重槍《じゅうそう》の紋章〉を宿していると聞いています。他にもたとえば、他人の心を読む紋章など宿していたりなどは」

「他人の心を読む紋章?」

「もしくは感情を読み解く紋章でも」

 そうじゃないと無表情をキープしているのに、感情を読み解くなどできない!

 しかし、ディンブラ殿は、大きな声でひとしきり笑うと、目から出た涙を拭った。

「そんな紋章聞いたことねぇな。俺が使えるのは兵士になってこの方、ずっとこの左手の〈重槍の紋章〉だけ。魔法の方はからかしだめだから、この身に宿せる紋章も一つだけだ」

 そう言うと、左手の甲を見せてくれる。そこには、2本の槍が交差した紋章が描かれていた。

「なるほど。失礼、少し気になったもので。ありがとうございます」

「いや、なに。それにしても、秘書官様は、何か心の中を読まれると困ることでも考えていたのかい? たとえば、王子のこととか。心なんて読めなくてもな、顔を見てたらわかるよ」

「ふっ。またお戯れを。まあ、確かに王子のことは考えていました。目深にフードを被っているとはいえ、誰かに正体がバレてしまうのではないか、とか」

 この先、王子をどう守るかとか。

 城下町へ通ずる石橋を渡り切るところで王子が振り返った。

「おーい、ティナにアーダン! もっと普通の会話をしてくれ! そんな会話ばかりしてたら怪しまれるだろう!」

「失礼しました。配慮が足らず」

「いいんだ! じゃあ、行こう!」

 橋を渡り切れば久方ぶりの城下町に出る。王宮とは打って変わって賑わう光景に、懐かしい匂いを感じた。

 私はここで命にかえても王子を守らなければいけない。

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